第12話 夢の決着(後編)
映画のプレミア上映会場に到着。
マークのエスコートでリムジンから降り立つ。
そこには、想像以上の華やかな世界が広がっていた。
(すごい…)
会場入り口へと続くレッドカーペット、
その周りにひしめく無数のカメラからはひっきりなしにフラッシュが焚かれ、
詰めかけたファンはそこを歩くスターからサインをもらおうと必死な様子。
思わず足がすくんでしまった私を、マークは優しく微笑み見下ろす。
マーク「さあ、行くよ?」
そういって、マークはそっと手をつないだ。
「え…?」
戸惑う私にマークはにっこりと笑顔を向け、足を踏み出す。
と、その時、
??「マーク…」
一人の男性が近くに止まったリムジンから降り立ち、憮然とした面持ちで近づいてきた。
(…誰かな)
マークはその男性を待ち構えるようにじっと見つめる。
??「おまえはみんなに注目されているんだ。軽はずみな行動はよせ」
私は繋がれた手を振りほどこうとすると、マークはぎゅっと握り返した。
マーク「絶対離さないで。大丈夫だから」
マークはそういうと、男性の方をまっすぐ見据える。
マーク「父さん…」
(え…この人がマークの…)
マーク「俺は父さんを尊敬している。この世界の誰よりもね」
「でも、父さんと同じにはなれないんだ」
「俺はこの子と一緒にいて気付いた」
「自分の気持ちを騙して生きるんじゃなく、やりたいことをちゃんとやり抜ける人間でいたい、って…」
そう言うと、マークは私の手を引き、迷いのない足取りで歩き出した。
レッドカーペットを歩き始めた途端、集まった人々から大きな歓声が沸き起こり、
すぐさまマークと私は取材陣に囲まれる。
記者「マーク・ジョーンズさん、本日の映画製作側のお立場からどのようにご覧になりますか?」
マーク「私は純粋に映画を楽しみに来ました」
「製作側と仰いましたけど、父の会社が配給しているだけで私は何も関わっていない」
「だから、1映画ファンとして楽しみたい、それだけです」
記者「ご一緒の女性はガールフレンドですか?」
マーク「素敵な子でしょう?」
マークはそういうと、人懐っこい笑顔で取材陣を煙に巻く。
記者「そのドレスはどちらのですか?」
(よしきた!)
「エレノア・ウォルドーフです」
記者「とても素敵ですね!回って後姿を見せていただけませんか?」
(えっ…どうすれば)
戸惑う私の背中にマークはそっと手を添えると、優しくターンさせた。
途端、取材陣からため息が漏れる。
記者「日本の方ですよね?黒髪がほんとうに美しい。ドレスも大変お似合いです」
「ありがとうございます」
マークは私の手を取り、再び歩き出す。
「緊張した…」
マーク「ばっちりキマッてたよ」
レッドカーペットの女優達がカメラマンに向かってターンをする理由を、私はこの時初めて知った。
歩いていると、同じレッドカーペットにいる著名な俳優達が次々と声をかけてくる。
俳優「ハイ、マーク、久しぶりだね」
マーク「やあ、ブラッド、元気かい?」
マークはなんら臆することなく、世界的スターと挨拶を交わす。
スクリーンでしか見たことのない人たちが当たり前のように周りにいることに、
私は地に足がつかないような心地でいた。
すると、一人の女性が取材を受けるエスコート役の俳優から離れ、マークに近づいてくる。
(…キーラ)
マークはキーラに他の俳優達と同じようにフランクに言葉をかける。
マーク「ハイ、キーラ、今日のドレスも素敵だね」
すると、キーラは私をチラッと見てから、マークの耳元に顔を寄せる。
キーラ「私をエスコートできないって言うから、どんな女性と来るのか楽しみにしてたのよ」
小声で言ったつもりなのかもしれないけれど、その言葉ははっきりと私の耳に届いていた。
マークは困ったように小さく微笑むと、真剣な目をしてキーラに言う。
マーク「ごめん。でも、もうああいうのはやめよう」
キーラ「本気?」
マーク「ああ。ただの広告塔の関係なんて、今時流行らないよ」
キーラ「…そうなのね。でも、あなたらしいわ」
キーラは肩をすくめて諦めたようにそう言った。
そして私に近づくと、そっと耳打ちをする。
キーラ「付き合ってる時、マークに愛されてるって思ったこと残念ながら一度もなかったけど…」
「あなたは違うみたいね」
恥ずかしくなって顔を赤くする私を見て、キーラは優しく微笑んだ。
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MCの挨拶が終わり、ついにスクリーンの幕が上がる。
薄暗いホールは、どこを見渡しても有名人の顔が目に飛び込んでくる。
そんな状況の中で、私は緊張で落ち着かない気持ちでいた。
ところが…
(よし、そこだ、いけー!)
映画が始まるや、その面白さに私は周りのことなど目に入らなくなる。
両手の拳を握ってスクリーンを食い入るように見つめていると、なんとなく隣が気になった。
見ると、マークもやはり同じように両手の拳を握っている。
二人、目が合うと笑いがこみ上げ、声が出そうになて慌てて口を押さえる。
マーク「くっ…」
たまらず声を漏らしたマークに小声で言う。
「もう、静かにしてよ。ふふっ」
マーク「じゃあ笑わせないでよね。どんだけ拳握ってんの」
お互い小声で文句を言い合いながら、笑っちゃいけないと思うと余計に笑いがこみ上げた。
(マークとはやっぱり、こうしてふざけあってる時が一番楽しいな)
プレミア上映が終わり、パーティー会場へ移動。
そこで監督や出演者の登場挨拶、関係者挨拶があるらしい。
マーク「面白かったね、映画」
「うん、最後は感動もしたし、良い作品だったな」
すっかり映画ファン気分でパーティーを楽しんでいると、監督と出演者の挨拶が始まった。
監督は作品への想いを語り、出演者たちは軽妙なジョークを交え撮影現場の苦労を語りながらも、
仕上がりを賞賛する。
(作り手や俳優さんたちの気持ちも聞けて、マークのおかげでほんとに良い体験をさせてもらったなぁ)
感謝しながらふと隣を見ると、マークはどこか硬い表情をしていた。
「…どうしたの?」
マーク「ここに、俺の名前があるんだよね…」
マークが手にしているのは、パーティーの式次第。
そこには、ジョーンズ・ピクチャーズ社長の挨拶の後、マーク・ジョーンズの名前がある。
「マークも挨拶するんだ…?」
マーク「いや、普段こういうことはない」
「でも今のお父さんは、マスコミに俺を後継者としてお披露目したくて仕方ないみたい」
「スピーチ、断るの?」
マーク「ううん、ちゃんとそこに立って、自分の気持ちに正直に挨拶しようと思う」
「…がんばってね。ちゃんと見てるから」
マーク「ありがと」
次々と式次第が進行し、とうとう司会者がマークの名前を呼ぶ。
司会者「続きまして、本作の配給元、ジョーンズ・ピクチャーズの後継者であられます」
「マーク・ジョーンズさんにご挨拶を賜りたいと思います。マーク・ジョーンズさん、どうぞ前へ」
盛大な拍手に包まれながら、マークは登壇する。
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マーク「マーク・ジョーンズです。ここにおられる作品の関係者方々にまずはお礼を」
「こんなに素晴らしい映画を世に送り出す手助けを、父の会社が担わせていただけたことを」
「息子として有難く、そして誇りに思います」
会場に沸き起こる拍手に笑顔を返すと、マークは真剣な面持ちでマイクを握る。
マーク「ただ、ジョーンズ・ピクチャーズの後継者という肩書きは、私には相応しくありません」
「もっと適任の人間がいます。私は映画が好きですが、経営のセンスも継ぐ意思もない」
「だからこれからは私のことを、ただの映画好きな高校生、とでも呼んで頂ければ幸いです」
「みなさん、引き続きパーティーをお楽しみください」
静まり返る会場にまばらな拍手が起こる中、マークは清々しい表情でステージを降りた。
私の元へ戻ってくるマークの前に、マークのお父さんが立ちはだかる。
ケビン「ユニークな挨拶だったな、マーク」
マーク「今のが俺が思ってることのすべてだよ」
ケビン「急ぎすぎてはいないか?実力をつけてからでも夢を追うのは遅くない」
「まずは経営者になってこの業界のことを学んでみるのも…」
マーク「そんな生半可な気持ちで会社を継いでも、父さんみたいな立派な経営者にはなれないよ」
「社員にだって失礼だと思う」
ケビン「マーク…」
マーク「後継者にふさわしいのは、俺じゃなくてベンだよ、父さん」
ケビン「…」
マーク「⚪︎⚪︎、行こう」
マークは私の手を取ると、早足に会場を後にした。
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会場を出ると、私たちの前にはあっという間に取材陣の壁ができる。
記者「先ほどのパーティーでのスピーチの真意は?」
記者「ご一緒におられる女性は婚約者ですか?」
矢継ぎ早に質問を投げかけられ、カメラがフラッシュをたく。
マークは私を庇うようにしてカメラに背を向け、小さく言う。
マーク「走るよ」
「うん」
二人、同時に駆け出し、取材陣を巻く。
マーク「もう少しだけ付き合って」
そういうと、待っていたリムジンのドアを開いた。
To Be Continued……
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