パパ「やあ、マーク…」
マーク「すみません、突然押しかけたりして」
マークの真剣な面持ちに、パパは何か察した様子。
パパ「まあ、座りなさい」
2人は向かい合うようにソファに腰を下ろした。
パパ「⚪︎⚪︎も」
「…うん」
私はマークの隣に座る。
パパ「一応確認だけど、マークの私は応援に来たわけではないんだね?」
マーク「すみません。⚪︎⚪︎の将来の夢について、お父さんが反対してるって聞いて…」
パパ「ああ。⚪︎⚪︎の幸せを一番に思ってのことだ」
「⚪︎⚪︎がこの先進むべき道は、流行りを追いかけるような浮つきたものを扱う仕事ではないと思ってる」
「これは、社会に出て何年も経つ人間だからこそ、気付いてやれることなんだ」
マーク「お父さんが、⚪︎⚪︎さんのことを思って言っているのはわかります」
「でも、それは一方的でしかないと思います」
パパ「一方的…?」
マーク「社会に出てれっきとした大人になったからこそ」
「知らず知らずのうちに見えなくなっているものだってあると思います」
「逆に、俺たちみたいなヒヨっ子だからこそ、余計なものにとらわれることなく」
「純粋に自分がやりたいことに気づけるんじゃないですか?」
パパと言い合いになるとすぐに感情的になる私と違い、
マークはいたって冷静に、自分の言葉でパパに語りかける。
パパ「…マーク、君の言ってることはよくわかる」
「でもね、私は仕事上、多くの若者をこれまでに見てきた」
「そこで、一時の情熱に翻弄され、身を持ち崩していった学生を何人も知っている」
「娘にだけは、そうなって欲しくないんだ」
マーク「その学生が、本当に不幸になったかどうかは、わからないと思います」
パパ「…なるほど」
マーク「自分のやりたいことに正直に生きた人が、一度挫折を味わったくらいで」
「その後の人生を棒に振ると思えません。⚪︎⚪︎さんは、本当にファッションが好きなんです」
「学校の休み時間や放課後、時間を見つけてはファッション誌の記事をスクラップして集めてたり…」
(え…見てたんだ…)
私は心に響いた特集や紹介記事を、暇を見つけて集めていた。
そのスクラップ本は、この3年で数十冊になる。
マーク「そこまで熱中できる何かって、すごく尊いものだと思うんです」
「それだけの情熱を注げられることを仕事にするのは、最高に幸せなことだと、俺は思います」
パパはマークの目をじっと見据え、小さく息をつく。
パパ「…それくらい、勉強にも熱を入れてくれれば言うことないけど、両方を望むのは難しいか」
「そこまで、真剣に思ってたんだな…⚪︎⚪︎」
「うん…」
パパ「さっきお前は、高校で出会った相手から影響を受けてると言ったが、本当のようだな」
「こんなに⚪︎⚪︎のことを応援してくれる友達は…そうそう出会えるものじゃない」
パパは嬉しそうに目を細める。
パパ「⚪︎⚪︎、お前の好きなことを存分にやるといい」
「そうして進んだ道が、一番お前を幸せにしてくれるだろう」
「パパ…ありがとう…」
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それからパパと私は、少し遅めの夕食づくりに取り掛かった。
マーク「やっぱり俺は…」
パパ「いいから座ってて。ホワイトソースは昨夜作って冷凍してあるから、すぐに出来上がる」マーク「…なんか、いい匂いが」
「パパの得意のクリームシチューだよ。ほんと美味しいんだから」
パパ「娘に褒めてもらえるのは、これと車の運転くらいだ」
「マーク、ライ麦パンを運んで」
マーク「ああ」
パパ「人使いが荒いな」
「将来は鬼編集長か」
「ふふ…まあね」
私とパパのやりとりを、マークは嬉しそうに眺めていた。
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3人で夕食を楽しみ、パパは上機嫌で空けたワインのせいか、ソファでうたた寝を始めた。
私はマークを見送りに玄関にくる。
「今日はありがとう。助けてもらって、本当に嬉しかった」
マーク「…俺のこれからに自信を持たせてくれたのは⚪︎⚪︎だから。こちらこそ、ありがとう」
(自信…?)
言葉の意味はわからなかったけど、マークの清々しい表情を見ていると、私はなんだか嬉しくなった。
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その時、マークの胸に去来していたのは、あの夜の出来事。
マーク「この記事…どういうこと?」
珍しく気色ばむ息子に、ケビンは驚いた様子で仕事の書類から顔を上げる。
マークの手には、今朝の朝刊が握られている。
マーク「俺…やりたいことがあるんだ。だから、父さんの会社を継ぐことはできない」
ケビン「…何だ?やりたいことというのは」
マーク「映画監督。まだその道の入口にも立ててないけど、絶対に叶えたいと思う」
ケビン「そんな夢みたいなことを言うのはやめなさい。お前はうちの会社にとって必要な人間だ」
「今後を担うべき重要な役目がお前を待っている」
「そんなことにうつつを抜かしてる暇などないはずだ」
マーク「父さん…これはそうしても譲れない」
ケビン「マーク…」
マーク「この夢が俺の本当にやりたいことだって気付かせてくれて、心から応援してくれる人がいる」
「俺は自分で頑張るから」
「ごめん…」
マークは絞り出すように言い切った。
父の悲しげな顔から目をそむけるように、その場を立ち去るマーク。
一番裏切りたくない相手を失望させた苦しみは、想像以上だった。
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「じゃあ、気をつけて帰ってね。ほんとに今日はありがとう」
マーク「うん…」
マークはドアノブに手をかけ、少し考えるようにしてゆっくりと振り返る。
マーク「ねえ…少し、外、散歩しない?」
「いいよ。私もちょっと、散歩したい気分だった」
マークは嬉しそうに微笑むも、アッと何か気づいたように口を開く。
マーク「お父さん、起きたら心配するかな」
「ああ、じゃあメモ残しておくかな、一応」
私はリビングのテーブルに書置きを残し、マークと一緒に外へ出かけた。
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マークと2人、マンハッタンの夜の街を散歩。
(けっこう冷えるなー…)
厚めのコートを羽織ってきたものの、初冬のニューヨークの夜は思った以上に身にこたえる。
肩をすくめていると、マークは私の顔をそっと見下ろす。
マーク「…寒い?」
「ちょっとね…」
次の瞬間、右手がマークの手に繋がれた。
(え…)
「…」
マーク「少しはあったかい?」
「うん…わりと」
照れ臭くなって、マークの方を見ずにそう答える。
マークの手は、繋いでいるだけでホッとする気がした。
「最近、マーク、学校来てた?」
マーク「んー、いろいろあって…」
「ほら、パパラッチとか。それで、足が遠のいてた」
「…そっか」
マーク「でもそろそろ顔出すかな」
「みんな寂しがってるよ」
マーク「…⚪︎⚪︎は?」
「え?」
マーク「今、みんな、って言ったから」
「含まれてるんじゃない?その他大勢に…」
マーク「ならよかった」
マークは歩きながら、嬉しそうに空を見上げる。
「それで…あの、新聞記事の件、どうなった?」
マーク「ああ、あれ?」
「ぜーんぜん大丈夫!」
「え…」
マーク「⚪︎⚪︎が応援してくれたから、ちゃんと自分の気持ちに正直になれた」
「何の問題もなし!」
マークは屈託のない笑顔でそう言ったけれど、私はその表情に胸が詰まる。
(この笑顔の裏で、きっと大変な重荷を抱えてるんだろうな…)
無言になった私をちらっと見下ろして、マークは言う。
マーク「…ひとつ、聞いていい?」
「いいよ」
マーク「デビュタント舞踏会で、レオンとバルコニーにいたよね」
「…あ、うん」
レオンに告白されたときのことを思い出し、私は一気に顔が赤くなってしまう。
マーク「何話してたのか訊こうと思ってたけど…」
「もうわかっちゃったな。やっぱり、告白されたんだ…」
「…」
どう答えていいかわからず戸惑っていると、マークの明るい声が聞こえてきた。
マーク「レオンは本当にいい奴だから、絶対⚪︎⚪︎を大事にしてくれるよ」
「二人がずっとうまくいくように、応援する」
(え…)
マークは私の顔を見て、ニコッと微笑む。
(なんでだろ…胸が痛い)
(手を繋いでるのに、突き放された感じ…)
「…」
マークは繋いだまま無言の私を見つめ、しばらくして、そっと手を離した。
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マークとの散歩を終えて帰宅すると、パパがソファからむっくりと起き上がる。
パパ「飲みすぎたみたいだ…今日はもう寝る」
「うん…」
パパ「それにしても…マークっていいヤツだな」
パパは酔って赤らんだ顔でそういうと、私を見て不思議そうにする。
パパ「…どうした?元気ないな」
「ううん、そんなことないよ」
パパを寝室まで見送ると、私はリビングに残した書置きを手に取る。
『マークと散歩に行ってきます!⚪︎⚪︎』
(まさかこんな気持ちになるとは思わず出かけた散歩だった…)
ほんの数十分前に書いた書置きが、まるで別人が書いたように感じられた。
To Be Continued……
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