第1話 アッパーイーストサイドの住民
セリーナと私はパレスホテルの門をくぐり、玄関へと向かう。
ドアマン「おかえりなさいませ、ヴァンダーウッドセン様」
ドアマンがセリーナに挨拶し、ドアを開けてくれる。
セリーナ「ありがとう」
セリーナは笑顔で挨拶を返す。
(なんだか「慣れてる」って感じだな…)
セリーナ「私のママ、家の模様替えが趣味なの」
「え?模様替え?」
セリーナ「そう。今回も部屋の壁を塗り替えるって言い出して、その間、しばらくここに仮住まい」
「毎回のことだから、すっかりホテルマンたちとも顔なじみなの」
「そうなんだ」
(このホテルに仮住まいかぁ…)
どうやらセリーナは、かなりのお嬢様らしい。
セリーナ「それで、⚪︎⚪︎はニューヨークには観光に来たの?」
「ううん。違うよ」
私はパパと暮らすために、日本から引っ越してきたのだと話す。
「パパが出張から戻ったら、アパートメントに引っ越して、そこから高校に通うの」
セリーナ「高校ってどこ?」
「コンスタンス・ビラード学園」
私がそう答えると、セリーナが驚いたように目を丸くする。
セリーナ「それってマジ?」
「え?もしかして…」
セリーナ「同じ高校よ!」
叫ぶように言って、セリーナは私を抱きついてくる。
話を聞いてみると、彼女は私が編入するコンスタンス・ビラード学園に幼稚園から通っていたらしい。
セリーナ「この1年はコネチカットにある寄宿学校に行ってたんだけど、コンスタンスに戻ることにしたの」
偶然にもびっくりしたけど、大人っぽいセリーナが私と同い年だと聞いて、さらに驚いてしまった。
セリーナ「ね、せっかくだし、ゆっくり話さない?」
「え?今から?」
セリーナはにっこりうなずく。
日本からの長旅もあって、さすがにちょっと疲れてるけど、セリーナから学校の情報をいろいろ聞いてみたい。
「うん。いいよ」
セリーナ「じゃ、近くのカフェにでも行く?」
「そうだね…。それなら、ちょっと着替えてきてもいい?」
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「お待たせ」
セリーナ「待ってないわ。行きましょう」
カフェに向かおうとしたところで、セリーナの携帯が鳴る。
誰かからメールが届いたらしい。
画面を見るセリーナの顔が少しだけ曇る。
「どうかした?」
セリーナ「うん、ママから。ちょっと問題が起こって…」
「もし無理だったら、今日はいいよ。また、今度ゆっくり…」
セリーナ「でも…」
セリーナが私の声を遮る。
セリーナ「ねえ、よかったら、ちょっとだけ付き合ってもらっていい?ママと少し話するだけだから」
セリーナに押し切られて、私は彼女と一緒にタクシーに乗った。
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驚いた先はフィフスアベニューにある高級アパートメント。
セリーナ「親友のブレアの家なの。幼稚園からの友達で、家族ぐるみの付き合い」
彼女の家のホームパーティーにセリーナのママが参加しているらしい。
セリーナ「さ、行きましょ」
「いいの?いきなり、部外者の私がホームパーティーになんか行くの、まずくない?」
セリーナ「部外者じゃないでしょ?」
「⚪︎⚪︎は私の友達なんだし」
「友達…」
セリーナ「ブレアもコンスタンスの生徒だから、どうせ学校で会うんだし」
「仲良くなるなら早いほうがいいでしょ?」
セリーナに引っ張られるようにして、私は彼女の友達・ブレアの家へ向かった。
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ブレア家の住まいは最上階のペントハウスだった。
間違いなくこのマンションの中でも最高級の部屋だろう。
集まっているのは、タキシードやドレスに身を包んだいかにもセレブな人たち。
間違いなくこのマンションの中でも最高級の部屋だろう。
集まっているのは、タキシードやドレスに身を包んだいかにもセレブな人たち。
(これがホームパーティー?!私、完全に場違いだよー)
なんだか騙された気分で、私は隣にいるセリーナを見る。
セリーナはまったく臆する様子もなく、きょろきょろとママの姿を探している。
不意に私たちの前に男の人が現れる。
??「女王様のご帰還ってネタは、本当だったんだな」
セリーナ「チャック…」
セリーナはムッとした顔で彼を見る。
彼はちらっと私を見て言う。
チャック「こいつはおまえの新しいメイドか?」
「メイド?」
セリーナ「失礼なこと言わないで、チャック!」
セリーナがチャックを睨みつける。
周りの人たちが驚いて、私たちの方を見る。
女の子1「あれってセリーナじゃない?」
見ると、同年代の女の子たちがこっちをちらちら見ている。
女の子2「うそ、マジ帰ってきたんだ」
女の子3「ゴシップガールのネタ、本当だったんだ」
(ゴシップガール?)
声はセリーナにも聞こえているはずだけど、彼女は別に気にする様子もない。
セリーナ「⚪︎⚪︎は私の友達よ」
チャック「友達ね」
「ってことは…」
チャックが私の方を見る。
チャック「おまえも、こいつと同じ尻軽女ってわけか。どうだ?よかったら俺が相手してやるぞ」
チャックが手を伸ばして私の頬に触れようとする。
私は思わず、ビクッと身をすくめる。
??「ストップ!チャック」
そう言いながら、男の人がチャックの方に手を回して、私から引きはがす。
チャック「何すんだ、マーク」
マーク「チャックには気をつけて」
「キミ、セリーナの友達?よろしくね!」
そう言って、彼は私を見てウインクする。
(あれ、この人どこかで会ったような…)
チャック「もう目をつけたのか、相変わらず女の趣味が悪いヤツだな」
マーク「チャックの服の趣味よりはマシだと思うけど」
チャック「なんだと」
マークは愛嬌たっぷりの笑顔でチャックを見る。
マーク「それよりほら、君の趣味の良い彼女たちが向こうでお待ちかねだよ」
部屋の隅のベンチに座ったお洒落な女の子たちが、チャックの方に手を振って見せる。
チャック「ちっ」
チャックはやれやれというように舌打ちする。
どうやら、マークは人懐っこくて、あまり敵を作らないタイプらしい。
チャック「じゃあ、セリーナ、また今度、飲みながら話でもしよう」
セリーナ「あなたと話すことなんて何もないけど」
チャック「ふん」
チャックは鼻で笑うと、私には一瞥もくれず、女の子たちの方へ行ってしまった。
マーク「久しぶりだね、セリーナ」
2人はは軽くハグを交わす。
マーク「キミがいなかったから、アッパーイーストサイドの住民たちが寂しがってたよ」
「もちろん俺も」
セリーナ「それって、『ゴシップガールのネタがなくて、寂しかった』って意味?」
マーク「それもあるけど」
セリーナ「ねぇ、マーク、しばらく⚪︎⚪︎のエスコート、お願いしていい?」
マーク「喜んで」
「え?エスコートって?」
セリーナ「私、ちょっとママを探してくるから。しばらくマークと楽しんでて」
「そんな…」
セリーナ「大丈夫。彼、ノリには軽いけど、ここの住民の中じゃ、結構まともな方だから」
セリーナはそう言って、私と彼を置いて行ってしまった。
マーク「よろしくね、モテ子ちゃん」
マークはニコニコ笑いながら私を見る。
「あの、私、⚪︎⚪︎です。なんなんですか、そのモテ子ちゃんって?」
マーク「さっき、あのチャック・バスに目をつけられたでしょ?」
「からかわれただけ!だいたい、私なんて全然、モテ子じゃないし…」
マーク「そんなことないでしょ?」
「キミ、すげーかわいいと思うけど?」
「え…?」
マークは微笑みながら、私の顔を覗き込む。
(こっちの人は、そういう事。挨拶代わりにいうのが普通なんだから…)
(それにこの人、相当女の子と遊んでる感じだし…)
そうは思っても、やっぱり照れくさくて顔が赤らんでくる。
マーク「でも驚いたな。キミがあのセリーナと友達だったなんて」
「ああ、それは…」
私はセリーナと知り合った経緯をマークに話す。
マーク「ふーん。でも、よかったんじゃない?」
「え?」
マーク「セリーナと友達になったこと。彼女はいい子だから」
「うん」
マーク「まあ、このイカれたアッパーイーストサイドの住民の中では、かなりマシってレベルだけど」
マークと話していると男の人が2人、私たちの方へ近づいてくる。
マークが2人に声をかける。
マーク「よう、アイザック。それにプリンスも」
??「マーク、止めろって言ってるだろ、その呼び方」
マーク「これは失礼、アレックス殿下」
アレックス「殿下もいらない」
「プリンス」と呼ばれた彼はマークを軽く睨む。
確かにその呼び名にぴったりの気品のある顔立ちをしている。
もう1人のアイザックはちょっとクールな雰囲気の男の人。
マーク「で、どうしたの?2人でつるんでるのって、珍しくない?」
アイザック「帰るぞ、マーク」
マーク「は?何、いきなり」
アイザック「こんな退屈なパーティー、これ以上いたって時間の無駄だ」
マーク「え?別に退屈じゃないだろ?かわいい女の子もいるし…」
「あ、彼女は⚪︎⚪︎…」
マークが私を2人に紹介しようとする。
アイザック「紹介しなくていい」
マーク「え?」
アイザック「いちいちおまえの女を紹介されても覚えるの面倒。それに、どうせ俺が名前を覚える前に分かれるだろ?」
マーク「おい!そんな人聞きの悪いこと…」
マークは私の方を見ていう。
マーク「冗談だからね。こいつ、ほんと口悪くて」
アイザック「…本当の話だろ?」
アレックス「俺も聞いたな。マークは女の子と別れ話がこじれると」
「すぐに旅行カバン一つ持って、国外逃亡するって」
「国外逃亡?」
(あ!やっぱりあの時の…)
東京から12時間半のフライトを終えて、もうすぐこの飛行機はニューヨーク・JFK空港に到着する。
ゆっくり旋回を始めた飛行機の窓から下を見ると、マンハッタンの街並みが見える。
機体が停止し、乗客たちが次々と出口へ向かい始める。
私も立ち上がり、上の荷物棚に置いたバッグを取ろうと手を伸ばす。
(ん?届かない…)
機体の揺れで棚の奥に行ってしまったらしい。
ふっと後ろから手が伸びてきて、私のバッグをつかむ。
(えっ?)
振り返ると、そこには長身の男の子。
ラフな格好でなんだか旅慣れた雰囲気だ。
??「荷物はこれだけ?」
彼は棚の奥を覗き込みながら言う。
「…はい、それだけです」
??「そう、はい、これ」
私は差し出されたバッグを受け取る。
??「ニューヨークへようこそ」
彼の顔に懐っこい笑みが浮かぶ。
「あ…ありがとうございます」
私は慌ててお礼を言う。
??「どういたしまして。じゃ、また」
彼はそう言って、出口へと向かっていった。
(ってことは、もしかして日本に来てたのも、それ?)
アイザックが私を見て言う。
アイザック「ってことで、マークは連れて帰るから」
「はい…」
マーク「勝手に決めんなって」
「って言うか、おまえ、もしかしてまたカジノに行こうとか思ってる?」
アイザック「いや、俺じゃなくて、アレックスが行きたがってるんだ」
アレックスがうなずいてみせる。
マーク「は?なんで?だってプリンス、実家に帰ったら本場のカジノで遊び放題だろ?」
アレックス「パパラッチに監視されながら、気楽に遊べると思うか?」
マーク「ああ…パパラッチね」
アイザック「大変だねー、高貴な身分のお方は。同情するよ」
アレックス「それはどうも」
(実家でカジノ?高貴な身分?この「プリンス」って、一体何者?)
3人の話を聞いて、私の頭はますます混乱していく。
アイザック「ってことで、さ、行こうぜ」
マーク「いや、ちょっと待て」
「俺、セリーナに、この彼女のエスコートを頼まれてるんだよ」
「私のことなら大丈夫です。セリーナももう戻ってくると思うし…」
マーク「けど…」
アイザック「本人が大丈夫って言ってんだから、心配ないだろ?」
アイザックとアレックスに押し切れられて、マークも帰ることになった。
マーク「ごめんね。たぶん、またすぐ会えると思うから」
そう言い残して、マークは出て行った。
「はぁ…」
私は小さくため息をつく。
(とりあえずセリーナを探さないと…)
私はパーティー会場を見渡す。
華やかに着飾ったセレブ達が、シャンパンを手にさざめきあっている。
日本を発って、まだ24時間も経ってない。
(なんで私、こんなところにいるんだろう?)
あまりにも現実離れしたイカれた世界。
少し頭を冷やしたくなって。私は廊下に出た。
_______________________
(お手洗い、どこかな?)
辺りを見回していると、チャックがこちらに歩いてくる。
チャック「まだ、いたのか?」
私が黙って目をそらすと、チャックはふっと鼻で笑う。
チャック「トイレなら、その突き当たりのドアだ」
「え?」
お礼を言うヒマもなく、彼は歩き去っていく。
(よくわからない人だな…)
私は教えられた突き当たりのドアを開ける。
??「愛してるわ。ネイト…」
(えっ?)
私の目に飛び込んできたのは、ベッドの上で熱いキスを交わしている男女の姿。
(うわっ!)
私は慌てて、後ろ手にドアを閉める。
(な、なに、今の?)
部屋にいたのは、見知らぬ女の子と男の子だった。
私は動悸を抑えながら、パーティー会場に戻る。
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チャックがにやにやしながら、こっちを見ている。
(もしかしてわざとあの部屋を教えたの?)
私はチャックを無視して、部屋の奥へと向かう。
セリーナが金髪の女の人と話しているのが見える。
どうやら彼女がセリーナのママらしい。
セリーナ「それであの子は、まだ出てきてないの?」
セリーナのママ「その話は後でいいでしょう」
セリーナはとがめるような目でママを見ている。
(なんだか、声、かけづらい雰囲気…)
セリーナはあきらめたようにママの側を離れる。
??「セリーナ」
ブルネットの髪の女の子がセリーナに声をかける。
セリーナ「ブレア…」
ブレア「会いたかったわ」
2人はハグを交わす。
(彼女がセリーナの親友ブレアなんだ…)
後ろ姿に見覚えがある。
さっき、あの部屋にいた女の子だ。
少し離れたところに彼女と一緒にいた男の子もいる。
セリーナとブレアは笑顔で話している。
だけど、なんだかぎこちなく見える。
ブレア「こっちに来て、すぐディナーよ」
セリーナ「ごめんなさい。これから寄るところがあって…」
セリーナは誘いを断って、ブレアたちの側を離れる。
「セリーナ」
声をかけると、セリーナは取り繕うように微笑む。
セリーナ「⚪︎⚪︎、私、ちょっと用事が出来ちゃったの。先に帰ってもいいかな?」
「え?」
セリーナ「急いで行かなきゃいけないところがあって…」
「…そうなんだ。私は構わないよ」
セリーナ「ごめんね。また、今度、ゆっくり話そう」
「あ、⚪︎⚪︎、連絡先教えてくれない?」
「うん、いいよ。ちょっと待ってね」
セリーナにアドレスを書いたメモを渡すと、彼女は急ぎ足で部屋を出て行った。
(仕方ないな。一人で帰るか)
ブレア「ねえ」
振り返ると、ブレアが立っている。
ブレア「あなた、セリーナの友達なんだって?」
ブレアの側にはチャックの姿。
どうやらチャックからセリーナと私のことを聞いたらしい。
「…ええ。でも、知り合ったばかりだけど」
ブレア「ふーん」
「でもセリーナったら、ひどいわね。友達を置いて、さっさと帰っちゃうなんて」
「急ぎの用事があるみたい」
ブレア「そう。ねえ、あなた、家はどこ?よかったら送って行くわよ」
「いや、いいよ、そんな」
ブレア「遠慮しないで。ちょうど私たちも出掛けようと思ってたとこだし。ねえ、チャック」
チャック「ああ」
ブレア「いいでしょ?私、仲良くなりたいのよ、あなたと」
ブレアはそう言ってにっこり笑う。
「わかったわ。じゃあ、お願いする」
ブレア「最初からそう言ってよ。で、どこまで送ればいい?」
「パレスホテル」
ブレア「え?」
チャック「パレスホテル?」
ブレアとチャックが顔を見合わせる。
「ええ、そこに泊まってるの」
ブレア「へぇー」
ブレアがなぜか笑いを押し殺したような顔で相槌を打つ。
「なに?」
ブレア「ううん、何でもない。じゃ、パレスホテルに送るね」
ブレアの家を出ると、早速セリーナからメールが届いた。
セリーナ「今日は先に帰っちゃってごめんね」
「ところで、さっき3人と話してたけど、仲良くなれた?」
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