2015年8月1日土曜日

第1話 Mとの共通点(前編)


第1話 Mとの共通点(前編)







キス・オン・ザ・リップスからの帰り、送ってくれるというマークとタクシーに乗った。

ドライバー「どちらまで?」

マーク「えっと…どっちだっけ?」

「アッパーイーストサイドの…」

家の住所を伝えると、車は走り出す。

「ほんと、一人で大丈夫なのに」

マーク「俺も方向同じだし」
   「って、今知ったばかりだけど」

マークは人懐っこい笑みを浮かべる。

マーク「それに、タクシーだからと言って安全とは限らないよ。ここはマンハッタンだから」

するとドライバーがコホンと咳払い。

マーク「もちろん、このドライバーさんは大丈夫」
   「襟足のカットがクールだし」

ドライバーが嬉しそうに口元を緩めたのを見てマークも笑う。

マーク「肝心なのは、車体が黄色いことね」
   「イエローキャブ以外は出来るだけ避けたほうがいいかな」

「へえ。ありがとう。そういう情報って助かるよ」

マーク「なんでも聞いて?」
   「ただし、数学以外」

「苦手なの?」

マークはおどけたようにお手上げのポーズを返してくる。
車に乗り込んだ時感じた緊張があっという間にほぐれていることに気づく。

(マークって話しやすいな)

キス・オン・ザ・リップスでも、マークのいるところには笑いが起こっていた。
パーティーは佳境に差し掛かったところだったのに
私のために切り上げてきてくれたことに申し訳ない気持ちになる。

マーク「どうかした?」

「抜け出させて悪いなと思って。パーティー盛り上がってたのに」

マーク「そんなこと気にしてたの」
   「俺はもう十分楽しんだからいいんだよ」
   「それに、キス・オン・ザ・リップスは」   
   「主催のブレアが満足すれば99%は成功したようなものだし」

「あと1%は?」

マーク「『ゴシップガール』に提供されるようなネタがあるか」
   「今日はチャックが貢献してくれたから、もう100%なんじゃない?」

「なるほど」

マーク「⚪︎⚪︎とこうして2人になれたし、俺は120%満足だけど」

さらっとそう言われ、恥ずかしくなった私はわざとらしく窓の外に視線を移した。

(リップサービスだとわかってるけど、どう返していいかわからないな)

するとタクシーが渋滞で停車し、窓からちょうど、今秋公開の映画の広告看板が目に入る。

(あ!)

「あの映画…」

思わず声が漏れた。

マーク「ん?」

「あの映画の監督、私、大好きで」

マークは少し席を詰めるように私のそばに寄り、同じように窓の外を見上げる。

マーク「え?マジ?」
   「俺も超好き。エイダン・ライト」

「キャデラック・ポリスとか最高だったよね」

マーク「最っ高!」
   「アクション映画だけど細かい心情までしっかり描き込まれててさ」

興奮気味に話すマークに、私もつい⚪︎舌になる。

「永安の映画って、スカッとするアクションシーンだけじゃなく」
「感動するところもちゃんと用意されてるから、両方の涙が出るんだよね」

マーク「笑いと感動の涙」  
   「映画館出るときちょっと恥ずかしいけど」

「そうそう。泣き過ぎて目が腫れちゃって」

マーク「あ、前作も観た?」

「それが、公開してた頃忙しくって見そびれたんだよね。早くDVD出ないかな」

マーク「なら、今度貸してあげるよ」

「ほんと?ありがとう!」

そう言ってから、ふと気づく。

(あれ?まだDVD出てないけど…もう持ってるの?)

あまり立ち入ったことを聞くのも悪いかと思い、疑問は飲み込んで、また映画の看板に目をやった。
主演俳優の隣でこちらを見据えるのは人気美人女優。

「あの女優さん、ほんとキレイだよね。憧れるなー」

返事がないので隣を見ると、
マークが苦笑いを浮かべている。

(どうしたんだろう?)

不思議に思う私の思考回路を、マークは別の方向へ誘導し始めた。

マーク「じゃあ、あれは観た?エイダン・ライトの初監督作」

「見てないかも」

マーク「監督が大学時代に出資を募って自主制作した作品なんだけど、これがまたスゴイ」
   「えっとタイトルが」

ドライバー「『過ぎ去りし夏』…あ、失礼」

突然ドライバーが話に入ってきて、私たちは思わず吹き出してしまう。

マーク「驚いた。エイダン・ライトフリークがこんなところに集結してたなんて」
   「あ、『過ぎ去りし夏』もDVD持ってるから貸してあげる」

「嬉しい!」

ドライバー「あの…」

マーク「ドライバーさんも貸して欲しい?」

ドライバー「いえ、そうではなく…この先、車両が通行止めのようですね」

「え?」

見ると、あと1ブロックで自宅というエリアで、
工事の人たちが赤いランプを両手に持ち、×印を作っている。

マーク「抜け道ってなかったっけ」

ドライバー「この辺り一方通行が多いので、時間が掛かりそうですけどいかがですか」

(もうちょっとだから、歩いて帰るか)

「ここで大丈夫。送ってくれてありがとう」

そう言って一人で降りようとすると、
マークがそっと私の手首をつかんだ。

(え…)

マーク「だから、ここはマンハッタンだって言ってるでしょ?」

睨むようにしてそう言うと、マークはたっぷりのチップとともに料金を支払う。

ドライバー「サンキュー」

マーク「次に乗った時、エイダンの話で盛り上がろうね」

そう言ってドライバーに軽く手を挙げ、私と一緒にタクシーから降りた。

「ありがとう、マーク」

マーク「お礼を言うようなことじゃないよ。当たり前のこと」
   「夜のマンハッタンを女の子一人で歩かせるなんてできないから」

「ほんの1ブロックでも?」

マーク「もちろん。たとえ10ヤードでも」
   「いや、1フィートでもね」

(こういうこと言ってもらって、気分を悪くする女の子はいないよね)

押し付けがましくないその優しさは、マークの天性のものらしい。

(モテるのがよくわかるな…)

心地よい風の吹くマンハッタンの夜の街を歩きながら、隣のマークをそと見上げる。
気づいたマークは、にっこりしながら小首をかしげた。

マーク「どうした?」

「ううん、なんでもないよ。…あ、やっぱりなんでもなくない」
「だって、1フィートって、ほら、こんなだよ?」

私は一歩だけちょんと前に進んで止まってみせる。

マーク「どうする?その瞬間、フリスピーが目の前に飛んできたら」

「セントラル・パークから?届くはずないよ」

マーク「宇宙から隕石が落ちてきたら?」
   「セントラル・パークより遠いけど、ここまで届く可能性は十分にある」

「大げさ!」

微笑みながら歩き出すマークのあとを、私も歩き出す。

(マークと目を合わせて微笑むだけで、どこかホッとするような気がするな)

だからこそ、あの広告看板の女優の話をした時、マークの笑顔が曇ったことが、
まだ心のどこかで引っかかっていた。

(私、何かマズイことでも言っちゃったのかも…)

と、後悔したその時、

(わっ!)

ヒールのかかとがマンホールの蓋の穴に挟まって動けなくなってしまう。

(あれ?…と、取れない!)

少しだけ行き過ぎたマークが、不思議そうに振り返った。

マーク「どうしちゃった?急に」

「あはは…ヒールが挟まっちゃって」

マークは呆れたように笑いながら近づいてくると、
ちょっと意地悪な目をして立ち止まる。

マーク「そのマンホール、ちょうど1フィートくらいなんだけど?」

「…1フィートのバトルは、負けを認めるよ」

マーク「ほんと、しっかりしてるんだか抜けてるんだか」

「偶然の出来事で…不可抗力なんだよ」

マーク「はいはい」

そう言いながらマークは私の手を取り、体を支えてくれる。

「女の子ならよくあることだよ?」

マーク「うんうん…」

マークに支えられ、私はかかとに力を込める。

(えいっ)

ようやくヒールが抜けた。
が、その勢いで足から脱げて飛んでいくヒール。

二人「あはははは…」

間抜けに道に転がるヒールを見て、二人とも笑いが止まらない。

マーク「どういうこと?どんな仕掛けがされてるわけ?このヒール」

マークは笑いながら取りに行き、ヒールを手に戻ってきた。
そして私の足元にそっとひざまずき、恭しくこちらを見上げる。

マーク「貴方がお探しなのはこの靴ですか、シンデレラ」

そう言うと、優しく靴を履かせてくれる。

「ありがとう」

マーク「よかった。これでマンハッタンの夜の一人歩きが怖いってわかったでしょ?」

立ち上がったマークを見上げて降参したようにうなずくと、携帯の着信音が鳴った。
携帯電話を取り出したマークは、着信画面を見つめたまま、出ようとしない。

「出なくていいの?」

マーク「…うん」

その画面に表示されている名前は「キーラ」。

(友達か彼女か知らないけど、出たくない時もあるよね)

鳴り続ける着信音の中、気にしてないフリをして視線をそらすと、
マークが私に申し訳なさそうな顔を向ける。

マーク「ごめん、うるさいよね?」

「いいけど…出ちゃった方が早いんじゃない?」

マーク「いいのいいの!」

そう言って、マークは携帯をポケットにしまい、再び歩き出す。

「ひょっとして、彼女?」

マーク「あ。もしかして俺のこと気になってるとか?」

「別に」

マーク「とか言っちゃって、素直じゃないんだから」

マークのポケットの中で、ついに携帯は鳴り止んだ。

「怒ってるかもよ?彼女」

マーク「ほらほら、探り入れ始めたし」

「違うってば。それに、そんなモテモテくんを好きになるほど、私、身の程知らずじゃないんだから」

マーク「身の程?それで知ってるつもり?」

「え?」

マーク「だって、⚪︎⚪︎めっちゃ可愛いのに」

「もう、そういうのいいから」

(ほんと、こういうこと自然に言えちゃう人なんだな)

マークの人の良さは十分に伝わったけど、それは友達として。
一度異性として見てしまったら、ヤキモチして苦労しそうなことくらい、私にもわかる。

マーク「この交差点はどっち?」

「右」

マーク「りょーかい」

私の家は、アッパーイーストサイドの静かな住宅街にある。
ようやく、うちのアパートメントの前に到着。





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