2015年8月1日土曜日

第1話 アッパーイーストサイドの住民

第1話 アッパーイーストサイドの住民





セリーナと私はパレスホテルの門をくぐり、玄関へと向かう。

ドアマン「おかえりなさいませ、ヴァンダーウッドセン様」

ドアマンがセリーナに挨拶し、ドアを開けてくれる。

セリーナ「ありがとう」

セリーナは笑顔で挨拶を返す。

(なんだか「慣れてる」って感じだな…)

セリーナ「私のママ、家の模様替えが趣味なの」

「え?模様替え?」

セリーナ「そう。今回も部屋の壁を塗り替えるって言い出して、その間、しばらくここに仮住まい」
    「毎回のことだから、すっかりホテルマンたちとも顔なじみなの」

「そうなんだ」

(このホテルに仮住まいかぁ…)

どうやらセリーナは、かなりのお嬢様らしい。

セリーナ「それで、⚪︎⚪︎はニューヨークには観光に来たの?」

「ううん。違うよ」

私はパパと暮らすために、日本から引っ越してきたのだと話す。

「パパが出張から戻ったら、アパートメントに引っ越して、そこから高校に通うの」

セリーナ「高校ってどこ?」

「コンスタンス・ビラード学園」

私がそう答えると、セリーナが驚いたように目を丸くする。

セリーナ「それってマジ?」

「え?もしかして…」

セリーナ「同じ高校よ!」

叫ぶように言って、セリーナは私を抱きついてくる。
話を聞いてみると、彼女は私が編入するコンスタンス・ビラード学園に幼稚園から通っていたらしい。

セリーナ「この1年はコネチカットにある寄宿学校に行ってたんだけど、コンスタンスに戻ることにしたの」

偶然にもびっくりしたけど、大人っぽいセリーナが私と同い年だと聞いて、さらに驚いてしまった。

セリーナ「ね、せっかくだし、ゆっくり話さない?」

「え?今から?」

セリーナはにっこりうなずく。
日本からの長旅もあって、さすがにちょっと疲れてるけど、セリーナから学校の情報をいろいろ聞いてみたい。

「うん。いいよ」

セリーナ「じゃ、近くのカフェにでも行く?」

「そうだね…。それなら、ちょっと着替えてきてもいい?」

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「お待たせ」

セリーナ「待ってないわ。行きましょう」

カフェに向かおうとしたところで、セリーナの携帯が鳴る。
誰かからメールが届いたらしい。
画面を見るセリーナの顔が少しだけ曇る。

「どうかした?」

セリーナ「うん、ママから。ちょっと問題が起こって…」

「もし無理だったら、今日はいいよ。また、今度ゆっくり…」

セリーナ「でも…」

セリーナが私の声を遮る。

セリーナ「ねえ、よかったら、ちょっとだけ付き合ってもらっていい?ママと少し話するだけだから」

セリーナに押し切られて、私は彼女と一緒にタクシーに乗った。

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驚いた先はフィフスアベニューにある高級アパートメント。

セリーナ「親友のブレアの家なの。幼稚園からの友達で、家族ぐるみの付き合い」

彼女の家のホームパーティーにセリーナのママが参加しているらしい。

セリーナ「さ、行きましょ」

「いいの?いきなり、部外者の私がホームパーティーになんか行くの、まずくない?」

セリーナ「部外者じゃないでしょ?」
    「⚪︎⚪︎は私の友達なんだし」

「友達…」

セリーナ「ブレアもコンスタンスの生徒だから、どうせ学校で会うんだし」
    「仲良くなるなら早いほうがいいでしょ?」

セリーナに引っ張られるようにして、私は彼女の友達・ブレアの家へ向かった。

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ブレア家の住まいは最上階のペントハウスだった。
間違いなくこのマンションの中でも最高級の部屋だろう。
集まっているのは、タキシードやドレスに身を包んだいかにもセレブな人たち。

(これがホームパーティー?!私、完全に場違いだよー)

なんだか騙された気分で、私は隣にいるセリーナを見る。
セリーナはまったく臆する様子もなく、きょろきょろとママの姿を探している。
不意に私たちの前に男の人が現れる。

??「女王様のご帰還ってネタは、本当だったんだな」

セリーナ「チャック…」

セリーナはムッとした顔で彼を見る。
彼はちらっと私を見て言う。

チャック「こいつはおまえの新しいメイドか?」

「メイド?」

セリーナ「失礼なこと言わないで、チャック!」

セリーナがチャックを睨みつける。
周りの人たちが驚いて、私たちの方を見る。

女の子1「あれってセリーナじゃない?」

見ると、同年代の女の子たちがこっちをちらちら見ている。

女の子2「うそ、マジ帰ってきたんだ」

女の子3「ゴシップガールのネタ、本当だったんだ」

(ゴシップガール?)

声はセリーナにも聞こえているはずだけど、彼女は別に気にする様子もない。

セリーナ「⚪︎⚪︎は私の友達よ」

チャック「友達ね」
    「ってことは…」

チャックが私の方を見る。

チャック「おまえも、こいつと同じ尻軽女ってわけか。どうだ?よかったら俺が相手してやるぞ」

チャックが手を伸ばして私の頬に触れようとする。
私は思わず、ビクッと身をすくめる。

??「ストップ!チャック」

そう言いながら、男の人がチャックの方に手を回して、私から引きはがす。

チャック「何すんだ、マーク」

マーク「チャックには気をつけて」
   「キミ、セリーナの友達?よろしくね!」

そう言って、彼は私を見てウインクする。

(あれ、この人どこかで会ったような…)

チャック「もう目をつけたのか、相変わらず女の趣味が悪いヤツだな」

マーク「チャックの服の趣味よりはマシだと思うけど」

チャック「なんだと」

マークは愛嬌たっぷりの笑顔でチャックを見る。

マーク「それよりほら、君の趣味の良い彼女たちが向こうでお待ちかねだよ」

部屋の隅のベンチに座ったお洒落な女の子たちが、チャックの方に手を振って見せる。

チャック「ちっ」

チャックはやれやれというように舌打ちする。
どうやら、マークは人懐っこくて、あまり敵を作らないタイプらしい。

チャック「じゃあ、セリーナ、また今度、飲みながら話でもしよう」

セリーナ「あなたと話すことなんて何もないけど」

チャック「ふん」

チャックは鼻で笑うと、私には一瞥もくれず、女の子たちの方へ行ってしまった。

マーク「久しぶりだね、セリーナ」

2人はは軽くハグを交わす。

マーク「キミがいなかったから、アッパーイーストサイドの住民たちが寂しがってたよ」
   「もちろん俺も」

セリーナ「それって、『ゴシップガールのネタがなくて、寂しかった』って意味?」

マーク「それもあるけど」

セリーナ「ねぇ、マーク、しばらく⚪︎⚪︎のエスコート、お願いしていい?」

マーク「喜んで」

「え?エスコートって?」

セリーナ「私、ちょっとママを探してくるから。しばらくマークと楽しんでて」

「そんな…」

セリーナ「大丈夫。彼、ノリには軽いけど、ここの住民の中じゃ、結構まともな方だから」

セリーナはそう言って、私と彼を置いて行ってしまった。

マーク「よろしくね、モテ子ちゃん」

マークはニコニコ笑いながら私を見る。

「あの、私、⚪︎⚪︎です。なんなんですか、そのモテ子ちゃんって?」

マーク「さっき、あのチャック・バスに目をつけられたでしょ?」

「からかわれただけ!だいたい、私なんて全然、モテ子じゃないし…」

マーク「そんなことないでしょ?」
   「キミ、すげーかわいいと思うけど?」

「え…?」

マークは微笑みながら、私の顔を覗き込む。

(こっちの人は、そういう事。挨拶代わりにいうのが普通なんだから…)
(それにこの人、相当女の子と遊んでる感じだし…)

そうは思っても、やっぱり照れくさくて顔が赤らんでくる。

マーク「でも驚いたな。キミがあのセリーナと友達だったなんて」

「ああ、それは…」

私はセリーナと知り合った経緯をマークに話す。

マーク「ふーん。でも、よかったんじゃない?」

「え?」

マーク「セリーナと友達になったこと。彼女はいい子だから」

「うん」

マーク「まあ、このイカれたアッパーイーストサイドの住民の中では、かなりマシってレベルだけど」

マークと話していると男の人が2人、私たちの方へ近づいてくる。
マークが2人に声をかける。

マーク「よう、アイザック。それにプリンスも」

??「マーク、止めろって言ってるだろ、その呼び方」

マーク「これは失礼、アレックス殿下」

アレックス「殿下もいらない」

「プリンス」と呼ばれた彼はマークを軽く睨む。
確かにその呼び名にぴったりの気品のある顔立ちをしている。
もう1人のアイザックはちょっとクールな雰囲気の男の人。

マーク「で、どうしたの?2人でつるんでるのって、珍しくない?」

アイザック「帰るぞ、マーク」

マーク「は?何、いきなり」

アイザック「こんな退屈なパーティー、これ以上いたって時間の無駄だ」

マーク「え?別に退屈じゃないだろ?かわいい女の子もいるし…」
   「あ、彼女は⚪︎⚪︎…」

マークが私を2人に紹介しようとする。

アイザック「紹介しなくていい」

マーク「え?」

アイザック「いちいちおまえの女を紹介されても覚えるの面倒。それに、どうせ俺が名前を覚える前に分かれるだろ?」

マーク「おい!そんな人聞きの悪いこと…」

マークは私の方を見ていう。

マーク「冗談だからね。こいつ、ほんと口悪くて」

アイザック「…本当の話だろ?」

アレックス「俺も聞いたな。マークは女の子と別れ話がこじれると」
                  「すぐに旅行カバン一つ持って、国外逃亡するって」

「国外逃亡?」

(あ!やっぱりあの時の…)


東京から12時間半のフライトを終えて、もうすぐこの飛行機はニューヨーク・JFK空港に到着する。
ゆっくり旋回を始めた飛行機の窓から下を見ると、マンハッタンの街並みが見える。
機体が停止し、乗客たちが次々と出口へ向かい始める。
私も立ち上がり、上の荷物棚に置いたバッグを取ろうと手を伸ばす。

(ん?届かない…)

機体の揺れで棚の奥に行ってしまったらしい。
ふっと後ろから手が伸びてきて、私のバッグをつかむ。

(えっ?)

振り返ると、そこには長身の男の子。
ラフな格好でなんだか旅慣れた雰囲気だ。

??「荷物はこれだけ?」

彼は棚の奥を覗き込みながら言う。

「…はい、それだけです」

??「そう、はい、これ」

私は差し出されたバッグを受け取る。

??「ニューヨークへようこそ」

彼の顔に懐っこい笑みが浮かぶ。

「あ…ありがとうございます」

私は慌ててお礼を言う。

??「どういたしまして。じゃ、また」

彼はそう言って、出口へと向かっていった。

(ってことは、もしかして日本に来てたのも、それ?)

アイザックが私を見て言う。

アイザック「ってことで、マークは連れて帰るから」

「はい…」

マーク「勝手に決めんなって」
   「って言うか、おまえ、もしかしてまたカジノに行こうとか思ってる?」

アイザック「いや、俺じゃなくて、アレックスが行きたがってるんだ」

アレックスがうなずいてみせる。

マーク「は?なんで?だってプリンス、実家に帰ったら本場のカジノで遊び放題だろ?」

アレックス「パパラッチに監視されながら、気楽に遊べると思うか?」

マーク「ああ…パパラッチね」

アイザック「大変だねー、高貴な身分のお方は。同情するよ」

アレックス「それはどうも」

(実家でカジノ?高貴な身分?この「プリンス」って、一体何者?)

3人の話を聞いて、私の頭はますます混乱していく。

アイザック「ってことで、さ、行こうぜ」

マーク「いや、ちょっと待て」
   「俺、セリーナに、この彼女のエスコートを頼まれてるんだよ」

「私のことなら大丈夫です。セリーナももう戻ってくると思うし…」

マーク「けど…」

アイザック「本人が大丈夫って言ってんだから、心配ないだろ?」

アイザックとアレックスに押し切れられて、マークも帰ることになった。

マーク「ごめんね。たぶん、またすぐ会えると思うから」

そう言い残して、マークは出て行った。

「はぁ…」

私は小さくため息をつく。

(とりあえずセリーナを探さないと…)

私はパーティー会場を見渡す。
華やかに着飾ったセレブ達が、シャンパンを手にさざめきあっている。
日本を発って、まだ24時間も経ってない。

(なんで私、こんなところにいるんだろう?)

あまりにも現実離れしたイカれた世界。
少し頭を冷やしたくなって。私は廊下に出た。

_______________________

(お手洗い、どこかな?)

辺りを見回していると、チャックがこちらに歩いてくる。

チャック「まだ、いたのか?」

私が黙って目をそらすと、チャックはふっと鼻で笑う。

チャック「トイレなら、その突き当たりのドアだ」

「え?」

お礼を言うヒマもなく、彼は歩き去っていく。

(よくわからない人だな…)

私は教えられた突き当たりのドアを開ける。

??「愛してるわ。ネイト…」

(えっ?)

私の目に飛び込んできたのは、ベッドの上で熱いキスを交わしている男女の姿。

(うわっ!)

私は慌てて、後ろ手にドアを閉める。

(な、なに、今の?)

部屋にいたのは、見知らぬ女の子と男の子だった。
私は動悸を抑えながら、パーティー会場に戻る。


_______________________

チャックがにやにやしながら、こっちを見ている。

(もしかしてわざとあの部屋を教えたの?)

私はチャックを無視して、部屋の奥へと向かう。
セリーナが金髪の女の人と話しているのが見える。
どうやら彼女がセリーナのママらしい。

セリーナ「それであの子は、まだ出てきてないの?」

セリーナのママ「その話は後でいいでしょう」

セリーナはとがめるような目でママを見ている。

(なんだか、声、かけづらい雰囲気…)

セリーナはあきらめたようにママの側を離れる。

??「セリーナ」

ブルネットの髪の女の子がセリーナに声をかける。

セリーナ「ブレア…」

ブレア「会いたかったわ」

2人はハグを交わす。

(彼女がセリーナの親友ブレアなんだ…)

後ろ姿に見覚えがある。
さっき、あの部屋にいた女の子だ。
少し離れたところに彼女と一緒にいた男の子もいる。
セリーナとブレアは笑顔で話している。
だけど、なんだかぎこちなく見える。

ブレア「こっちに来て、すぐディナーよ」

セリーナ「ごめんなさい。これから寄るところがあって…」

セリーナは誘いを断って、ブレアたちの側を離れる。

「セリーナ」

声をかけると、セリーナは取り繕うように微笑む。

セリーナ「⚪︎⚪︎、私、ちょっと用事が出来ちゃったの。先に帰ってもいいかな?」

「え?」

セリーナ「急いで行かなきゃいけないところがあって…」

「…そうなんだ。私は構わないよ」

セリーナ「ごめんね。また、今度、ゆっくり話そう」
    「あ、⚪︎⚪︎、連絡先教えてくれない?」

「うん、いいよ。ちょっと待ってね」

セリーナにアドレスを書いたメモを渡すと、彼女は急ぎ足で部屋を出て行った。

(仕方ないな。一人で帰るか)

ブレア「ねえ」

振り返ると、ブレアが立っている。

ブレア「あなた、セリーナの友達なんだって?」

ブレアの側にはチャックの姿。
どうやらチャックからセリーナと私のことを聞いたらしい。

「…ええ。でも、知り合ったばかりだけど」

ブレア「ふーん」
   「でもセリーナったら、ひどいわね。友達を置いて、さっさと帰っちゃうなんて」

「急ぎの用事があるみたい」

ブレア「そう。ねえ、あなた、家はどこ?よかったら送って行くわよ」

「いや、いいよ、そんな」

ブレア「遠慮しないで。ちょうど私たちも出掛けようと思ってたとこだし。ねえ、チャック」

チャック「ああ」

ブレア「いいでしょ?私、仲良くなりたいのよ、あなたと」

ブレアはそう言ってにっこり笑う。

「わかったわ。じゃあ、お願いする」

ブレア「最初からそう言ってよ。で、どこまで送ればいい?」

「パレスホテル」

ブレア「え?」

チャック「パレスホテル?」

ブレアとチャックが顔を見合わせる。

「ええ、そこに泊まってるの」

ブレア「へぇー」

ブレアがなぜか笑いを押し殺したような顔で相槌を打つ。

「なに?」

ブレア「ううん、何でもない。じゃ、パレスホテルに送るね」

ブレアの家を出ると、早速セリーナからメールが届いた。

セリーナ「今日は先に帰っちゃってごめんね」
    「ところで、さっき3人と話してたけど、仲良くなれた?」




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