マークは小声でそう言うと、咄嗟に私の手を引いて机の下に潜り込む。
「えっ…」
マーク「しーっ!」
口の前で人差し指を立てるマーク。
私は小さく頷き返す。
けれど、机の下の狭い空間で、マークに抱き寄せられ密着していることに、どぎまぎしてしまう。
(…どうしよう。心臓の音がマークに聞こえたら)
私は、動揺を悟られまいと、平気な感じで顔を上げる。
すると、
(え…)
思ったよりもマークの顔が間近にあった。
マーク「…」
鼻先が触れそうなその距離で、マークと私はなんとなく見つめ合う。
恥ずかしくなって視線をそらすと、マークの抱きしめる手の力が少し強まった気がした。
二人、息を潜めていると、私たちの存在に気づいていない先ほどのカップルは、
ますますヒートアップしていく。
男子生徒「愛してる…」
女子生徒「ボブ、こんなところで…ダメだよ」
男子生徒「誰もいないから大丈夫だよ?」
女子生徒「…うん」
(えー?!ちょ、ちょっと!!)
ゴン!
(痛っ…)
緊張がピークに達した私は、頭を思い切り机にぶつけてしまった。
マークはクスッと笑うと、私の頭をそっと撫でてから、ひょこっと机から顔をだす。
カップルは慌てて体を離し、顔を真っ赤にして固まっている。
マーク「ごめんね。邪魔するつもりはなかったんだけど」
カップル「…」
マーク「ごゆっくり」
呆然するカップルにそう言うと、マークは私の手を引いて図書館を出て行く。
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廊下に出るなり、マークと私はたまらず笑い出す。
マーク「アハハ…大丈夫?頭、すごい音したけど」
「うん、平気。もうあの状況でじっとしていられなくなって」
マーク「さっきの二人の顔、ゆでダコみたいになってた」
「かえって悪いことしちゃったね」
マーク「『ボブ…こんなところで!』」
「マーク!」
悪ふざけをするマークを注意しつつ廊下を歩きながら、私はホッとするような居心地の良さを感じていた。
(雲の上にいる存在かと思ったら、そばにいると和む)
(マークって不思議な人だな…)
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翌日。
授業を終えて帰ろうと歩いていると、後ろから元気な声が飛んでくる。
??「⚪︎⚪︎〜!」
振り返ると、ジェニーが弾むように階段を降りてきた。
「ハイ、ジェニー」
ジェニー「⚪︎⚪︎と話したいこといっぱいあったんだよー。やっと見つけた!」
「そういえばジェニー、こないだのお泊まり会、あの後どうなったの?」
ジェニー「私が話したかったのはもちろんそのこと!」
二人、階段に腰を下ろす。
ジェニー「もう、いろんな人が大騒ぎでね」
「いろんな人って…レオンとか?」
ジェニー「ううん、レオンはいつの間にか帰ってたみたい」
「新たなキャストはね、エリックのママ、セリーナ、それから私のお兄ちゃん」
くるくる変わるあどけない表情で、ジェニーはあの日の夜の一部始終を話す。
あの夜、エリックがセンターから姿を消したことで慌てたママが、
ダンとデート中のセリーナを巻き込んでエリックを見つけ出したという。
「ダン、せっかくのセリーナとのデート、張り切ってたみたいなのに」
ジェニー「お兄ちゃんはいいの」
「だって、クラブで私の私服を見た途端、目を真ん丸にして『妹の着てる布切れに問題アリ』だって」
「エレノアの新作を布切れだなんてよく言うよね」
「セクシーなドレスだから心配したんじゃない?で、家に連れ戻された?」
ジェニー「ううん、ブレアのパーティーに戻ったよ。私はもう子供じゃないって啖呵きってね」
「へえー。じゃあ、ブレアの家に泊まったんだ」
するとジェニーは得意げに首を振る。
ジェニー「あの後にね、またブレアが『挑戦』の要求をしたの。閉店後のエレノア・ウォルドーフの前で…」
「あのマネキンのジャケットを盗んで、って鍵を渡された」
「えー?それで、ジェニー…」
ジェニー「もちろん、朝鮮成功よ」
「まあ、すぐに警報がなってお店に閉じ込められちゃったけど」
「ブレアたちは逃げてて、でも、私はブレア・ウォルドーフだって言って」
「駆けつけた警察官を煙に巻いたよ」
「ジェニーもなかなかやるね」
ジェニー「うふふ。ブレアの家に戻って、ブルックリンの家に帰るけどジェケットはいただくって」
「鍵を投げ渡したら、ブレア、目を丸くしてた」
「ブレアのお泊まり会を途中で帰ったのは私が初めてだって」
「今日、クラスの子にもビックリされたけど、ジェニーもだったんだ…これで踏ん切りついた?」
ジェニー「うん。これで完全にブレアの仲間に入れたからね!」
「あ、そっち…?」
私が想像してるよりも、ブレアの親衛隊に入りたいこの学校の女の子たちの気持ちは強いようだ。
すると、ジェニーが声を上げる。
ジェニー「ブレア!」
階段をブレアが降りてきた。
ブレア「ハイ!ブレア・ウォルドーフの夜会をブッチした奇特な2人がお揃いで」
「ごめんね、ブレア」
ブレア「いいの。邪魔が入ったけど、面白いものが見れたからチャラにしてあげる」
ジェニー「邪魔ってうちのお兄ちゃんのこと?」
ブレア「違うわ。クラブに押し入ってきたマークに決まってるじゃない」
ジェニー「そんなに面白かったっけ」
ブレア「だって、あんなマーク初めて見たもの」
「どんな時も余裕な感じで構えてるマークが、メガネ男にあんな怖い顔するなんて」
(やっぱり、マークが怒ったのって、珍しいことだったんだ…)
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土曜の朝。
のんびりとブランチを食べていると、パパが変なマスクをつけて登場。
「パパ…なあに?それ」
マスクをとって笑いながら、パパは言う。
パパ「これ、うちの学生からもらったんだ」
それは、派手な装飾されたドミノマスク。
目の周りを隠すタイプのものだ。
パパ「ニューヨークの学生たちは、こんなのをつけてパーティーしてるらしい」
「まったく、何が面白いんだか」
「仮面舞踏会なんて、映画でしか見たことないな」
パパ「顔を隠すなんて悪趣味だよな」
「ところで、⚪︎⚪︎、今日何か予定あるか?」
「ないけど。どうしたの?」
パパ「久しぶりに一緒に出かけないかと思ってな」
「お前、このところ週末は友達と出かけてばかりだったからな」
「寂しかったんだ?」
パパ「そういうわけじゃないんだが、お前が暇なら付き合ってやってもいいぞ?」
「ふふ。じゃあ…」
と、その時、
ピンポーン♪
(…誰だろう?)
ドアを開けると、そこにいたのはセリーナ。
セリーナ「ハイ、⚪︎⚪︎。ゴメンね突然」
「ううん、どうしたの?」
セリーナ「パァーッと買い物に行きたい気分なんだよね」
「一緒にどう?」
セリーナの表情から、何か悩み事がありそうだと推測がついた。
「いいよ。いこ!」
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「ということで、パパ、行ってくるね」
パパ「…友達をとるか」
「まあ、仕方ないな」
「また今度、デートしよ」
パパ「気長に待ってるよ」
ため息をつくパパに手を振り、私はセリーナと街へ出かけた。
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洋服を選んでいると、セリーナはふと、私に問いかける。
セリーナ「ねえ、⚪︎⚪︎は男女の友情ってアリだと思う?」
(セリーナが悩んでることって、このことかな)
「男女の友情か…」
すぐにマークのことが頭に浮かぶ。
キーラと抱き合うマークの姿を見ていられなかった時の、胸が詰まるような感覚が蘇った。
「…難しいかも」
セリーナ「だよね…」
セリーナは神妙に頷く。
セリーナ「実は最近、ダンの大親友の存在を知って。それが女の子で…凄く気が会う相手みたいなの」
セリーナは大きく息をつくと、かわいいドレスを手に取る。
セリーナ「こういう時は、買い物で発散だよね!」
一通り、欲しい洋服の買い物を終え、セリーナは少しだけ元気を取り戻した様子。
すると満足げにセリーナは、別のお店でパーティードレスを見始めた。
眺める風景ではなく、本気で探している感じだ。
「…なんでドレス?」
セリーナ「今日着ていくドレスだよ」
「?」
セリーナ「今夜、パーティーがあるの。みんな変装して、古いボードルームに集まるんだ」
「変装?」
セリーナ「うん、仮面舞踏会」
「え?!」
(パパが忌み嫌ってた、あの、仮面舞踏会…?)
(良かった…私、誘われなくて)
すると、私の油断した隙をつくように、セリーナが笑いかける。
セリーナ「一緒にいこ?仮面舞踏会」
私はすぐさま首を大きく横に振る。
「行かない!行かないから!」
セリーナは驚いたように顎を引く。
セリーナ「楽しいよ。みんな来るし」
「でも…」
セリーナ「ブレアのお泊まり会でいろいろあったから、人の集まるところ嫌になっちゃった?」
「そういうんじゃないけど…」
「このところずっと週末の夜は出かけてるし、パパに悪いかな、なんて」
セリーナ「そっか…」
そう言って一度引き下がったセリーナだったけれど、その後、折に触れて誘いをかけてくる。
セリーナ「どう?気分が変わったりしてない?」
「うん、変わってない」
セリーナ「残念」
「ごめんね。今日はダンと一緒に楽しんできて」
そう言うと、なぜかセリーナの表情がかげった。
「…どうした?」
セリーナ「彼は仮面舞踏会なんて気取ったイベント、好きじゃないから…」
セリーナが元気がない理由、ダンだと気づく。
(二人の間に、何があったんだ…男女の友情がらみのことなのかな)
パーティードレスを買い終えたセリーナは、笑顔を作って言う。
セリーナ「⚪︎⚪︎、今日は付き合ってくれてありがと」
「うん…」
セリーナ「パパ孝行してね。私は、今夜のパーティーでまた楽しんじゃおうっと!」
無理をして元気なふりをするセリーナの姿に胸が痛む。
「セリーナ…やっぱり私、行こうかな、パーティー」
するとセリーナの表情が一気に華やぐ。
セリーナ「ほんと?!すっごく嬉しいよー!!」
セリーナは私に抱きついて喜んだ。
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パパ「また出かけるのか?」
「ごめんね、パパ」
パパ「どこだ?パパが車で送っていこう」
「ううん、大丈夫なの」
パパ「?」
セリーナはあの後、私のエスコート役を探して、パーティーの前に迎えに行かせると言った。
(誰が来るのかな…?)
(…もしかして、マークかも)
出かける支度を済ませ、迎えを待っていると、チャイムが鳴る。
家の間で待っていたその人は、アレックスだった。
「ありがとう…」
(…マークじゃなかった)
アレックス「また、あんたのエスコートか…」
そう言いながら、慣れた所作で私に手を差し伸べる。
ぎこちない動きで、差し伸べられた掌に手を添えると、アレックスはリムジンへ向かい歩き出した。
To Be Continued……
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