2015年8月1日土曜日

第5話 JからのSOS

第5話 JからのSOS





いよいよキス・オン・ザ・リップス・パーティーの日がやってきた。
叔母のエミリーにパーティーに行くと話したら、えらく張り切って私たちの家にやってきて、
バッグやアクセサリーを貸してくれ、ヘアメイクまで手伝ってくれた。

エミリー「素敵!よく似合ってるわー。ねえ、兄貴?」

パパ「そうだな…」

パパはぶっきらぼうに答える。

エミリー「もう、兄貴ったら。そんなに心配しなくても大丈夫よ」
    「クラブでパーティーなんて、この辺の高校生にとっちゃ、普通のことなんだから」

エミリーが取りなしても、パパは不機嫌な顔のまま。
8時ぴったりに玄関のチャイムが鳴る。

エミリー「あら、お迎えかしら?」

「じゃあ、行ってくるね」

パパ「ああ、楽しんでおいで。12時までには帰るんだぞ」

エミリーがおかしそうに笑う。

エミリー「12時が門限。まるでシンデレラね」

2人に見送られ、私は部屋を出た。


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アパートメントの前に待っていたのは、
シンデレラのかぼちゃの馬車ではなく、ぴかぴかに磨かれたリムジンだった。

アレックス「どうぞ」

アレックスがごく自然に私の手を取る。

「ありがとうございます」

アレックスにエスコートされて、私はリムジンに乗り込む。


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リムジンはゆっくり走り出す。
アレックスはゆったりとシートにもたれ、黙って前を見ている。

(何か話しかけたほうがいいのかな。でも、一体、何を話せば…?)

「今日のパーティー、楽しみですね」

アレックス「そう?」

なんだかそっけない返事が返ってくる。

「今日は誘っていただいてありがとうございます」

アレックス「感謝されるほどのこともないけど…」

「あの、どうして私なんかを誘ってくれたんですか?」

アレックス「別に深い意味はない」

アレックスはさらっと答える。

アレックス「強いて言えば、たまには日本料理を食うのもいいかな…ってね」

「日本料理?」

アレックスは少し目を細めて、観察するように私を見る。

アレックス「まさか、パーティーに行くだけで終わり…なんて、思ってないよね?」

「えっ?あの…」

アレックスの手が伸びてきて、私の顎をくいっと持ち上げる。

アレックス「今日は最後まで付き合ってもらうから」

「…やめて!」

私はアレックスの手を振り払う。

「私、そんなつもりで来たんじゃ…」

アレックスはふっと鼻で笑う。

アレックス「俺のこと、誰だかわかってるよな?」

「え?」

アレックスは薄く笑いながら私を見ている。
頭にかっと血が上ぼる。

「車を止めて!ここで降りるから」

アレックス「は?」

「私、あなたとはパーティーにはいかない。もちろんその後もないから」

アレックス「おい…」

「あなたが誰だろうと私には関係ない。王子なんて言われてちやほやされてるみたいだけど」
「なんでも自分の思い通りにできるなんて思わないで!」

私はアレックスをにらみつける。
アレックスはしばらく私を見つめ、やがてふっと笑う。

アレックス「俺が誰だろうと関係ない…いいね」

「え?」

アレックス「さっきのは冗談。俺はそんなに飢えてねーから」

「は?」

アレックス「悪かったよ。確かめてみたかったんだ、俺の目が正しいかどうかを」

「確かめる?」

アレックス「ああ」

アレックスは私の目を覗き込むようにして言う。

アレックス「あんたは、アッパーイーストの奴らとは違う、まともな女だ。俺の目に狂いはなかった」

「…」

アレックスにまっすぐ見つめられて、私は思わず、目をそらしてしまう。

アレックス「パーティーには付き合ってくれ」
     「せっかくの素敵なドレスを披露しないで帰るのは、もったいないだろう?」

「…わかったわ」

私がうなずくと、アレックスは小さく微笑んだ。


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ナイトクラブが入っている建物に着きリムジンを降りると、マークとアイザックが近寄ってくる。

マーク「遅かったじゃん」

アレックス「なんだ。先に入ってればよかったのに」

どうやら2人とはここで待ち合わせをしていたらしい。

マーク「⚪︎⚪︎ちゃん、今日は一段ときれいだね。そのドレス、すごく似合ってる」

マークがいつもの明るいノリで言う。

「ありがとう。お世辞でも嬉しい」

マーク「お世辞なんかじゃないよ」
   「ほんと最高。ねぇ、アイザック」

アイザック「さあな…」

アイザックはちらっと私を見て、すぐに目をそらす。
この前、ホテルでのお義母さんとのやり取りを見てしまっただけに、
私の方も彼に対してちょっと構えてしまう。

アレックス「さ、行きますか」

アレックスの声を合図に私たちは会場へと向かった。


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「うわぁ…」

クラブに着くなり、私は思わず小さく声を上げてしまう。
アップテンポの音楽に合わせて、めまぐるしく変わる照明。
店内はすでにたくさんの人で身動きもとれないほどになっている。
ブレアがこちらに気づいて近づいてくる。

ブレア「ハイ!みんな」

マーク「ハイ、ブレア」

アレックス「なかなか盛況だね」

ブレア「ありがとう」

アイザック「アッパーイーストにはこんなに暇人がいるんだな」

ブレア「あなたもその1人でしょ?アイザック」

ブレアが私の方を見る。

ブレア「あなたも来たんだ…」

「ええ」

ブレアは私の頭の先からつま先まで素早く視線を走らせる。

(もしかしてファッションチェック?)

ブレア「ふーん」

どうやら「一応は合格」ということらしい。

(エミリーありがとう!)

私は心の中で叔母のエミリーにお礼を言う。

ブレア「奥にあなたたちの席があるわ」

マーク「それはどうも」

ブレア「じゃ、楽しんでいってね」

去っていくブレアを見送って、私たちは人の間をすり抜けるようにして店の奥へと移動する。

??の声「⚪︎⚪︎!」

名前を呼ばれて振り返ると、ジェニーが駆け寄ってくる。

ジェニー「すごいパーティーだよねー!」

ジェニーは両手で私の手を掴んで、ぴょんぴょん飛び跳ねるようにして言う。

ジェニー「こんなパーティーに来れるなんて、信じらんない。もう夢みたい!」

彼女はすっかり舞い上がってるみたいだ。

アイザック「行くぞ」

アイザックがマークにそう言って、さっさと歩き出す。

アレックス「じゃあ、俺たち先に行くから」

「あ、うん」

マーク「ジェニーだっけ?」

ジェニー「え?ええ」

マーク「よかったら、キミも後で俺たちの席においでよ」

ジェニー「ほんと?ありがとう」

マーク「じゃあ、待ってるから」

マークは私にもにっこり笑って見せてから、アレックスたちの後を追って奥の席へ行ってしまった。

ジェニー「やっぱりマークって、すごいね」

「え?」
ジェニー「この前、階段のところで一回会っただけなのに、ちゃんと私の名前覚えてる」
    「そういうマメなところがモテる理由なのかな」

「彼ってそんなにモテるんだ」

ジェニー「うん、有名だよ」  
    「あ、そうそう、それより、聞いて、聞いて!」

「なに?」
ジェニー「うちのお兄ちゃん、覚えてるでしょ?」

「ダン?」

ジェニー「そう。彼、なんと、今日、デートなの。しかも相手は…」

「セリーナ」

ジェニー「え?!なんで知ってるの?」

「セリーナから聞いた」

ジェニー「ああ、彼女から」

「一緒にライブに行くって」

ジェニー「ええ。うちのパパのライブ」

「パパ?え?あなたたちのパパってミュージシャンなの?」

ジェニー「リンカーン・ホークってバンドやってるの」
    「ローリングストーン誌が選ぶ忘れられた90年代のバンド第9位」
    「微妙だよね」

「リンカーン・ホークって…知ってる、私」

ジェニー「ホント?」

「うちのママが昔ファンだったって言ってた。家にCDもあったし、ライブも行ったことあるって…」

ジェニー「日本にもファンがいたなんて、パパが聞いたら泣いて喜ぶよ」

「うちのママも喜ぶと思う。リンカーン・ホークのメンバーの子供と友達になったなんて言ったら」

私たちは顔を見合わせて笑う。

「どうする?みんなの席に行く?」

ジェニー「うーん、私、もうちょっと、フロアのこの雰囲気楽しみたいから、後で…」

「わかった。じゃ」

ジェニーと別れ、私は奥の席へ向かう。

女の子「ねえ、ちょっと」

不意に女の子が私の肩を掴む。

「なに?」

少し酔っ払っているようで顔が赤い。

女の子「あんたがマークの新しい女?」

「え?」

女の子「どうやってマークをたらし込んだの?」

「ちょ、ちょっと待って…」

マークの声「メイシー!」

マークが私と彼女の間に割って入る。

マーク「なに、やってんの?」

メイシー「マーク、この女なんなの?あなたが日本で会った運命の女って言うのは」

マーク「え?あ、ああ…」

メイシーは携帯を取り出し、メール画面を開く。

メイシー「『日本で運命の女性に出会った。だから、もうキミとは付き合えない。今まで楽しかったよ、さようなら』」
    「…こんなメールひとりで終わりにできると思う?」

メイシーは目に涙を浮かべて、マークの顔を見つめる。

マーク「仕方ないよ」

マークはあっさりとした口調で答える。

マーク「キミと俺とはこうなる運命だったんだから。運命には逆らえない」

メイシー「運命…」

マーク「ほら、涙を拭いて」

マークはハンカチを出して、メイシーに渡す。

マーク「メイシー、キミは最高の女だよ。ほら、フロアを見なよ」

メイシーは言われるがまま、ダンスフロアを見る。

マーク「キミと恋に落ちたいと思ってる男たちが、ほら、あんなにいっぱいいるじゃん」
   「俺みたいなつまらない男にこだわってないで、一歩踏み出さなきゃ」

メイシー「私…」

マーク「ほら…」

マークが軽く背中を押すと、メイシーはふらふらとダンスフロアへと進んでいき、
すぐに話しかけてきた男の子と一緒に踊り始めた。

マーク「やれやれ」

マークは軽くため息をついてから、笑顔で私を見る。

マーク「ごめんね。迷惑かけて」

「ううん。マークって、やっぱりすごいよね」

マーク「すごい?」

「女の子の扱いがここまで上手い人、初めて見た」

マーク「それって、ほめてる?」

「一応…」

マーク「勘違いしないでよ。彼女とは本当になんでもないんだから」

「何でもない?本当に?」

マーク「ちょっとお互いの見識に相違があった…って、だけで」

「見識に相違ねぇ…」

マーク「さ、席は向こうだよ」

マークはさりげなく私の腰に手を回して、席へとエスコートをしてくれる。

(こういうことが自然にできちゃうのも…女の子を誤解させる原因かもね)


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マークと私が合流すると、アイザックが飲み物を取りに行ってくれた。
戻ってきた彼が私に尋ねる。

アイザック「さっき、話してた子、新入生か?」

「ジェニー?ええ、そうよ」

アイザック「向こうのフロアで、チャックとべったり踊ってた」

「チャックと?」

アレックス「そりゃ、まずいな」

マーク「チャックの今日の獲物か」

「どういう意味?」

アレックス「チャックの女癖の悪さは有名だから」

マーク「女とみれば、手当たり次第、県境なし」

アイザック「それはおまえと同じだな」

マーク「おい!」

私は慌てて席から立ち上がる。

アレックス「どうした?」

「ジェニーを探してくる」

アレックス「は?」

マーク「そこまでしなくても…」

「でも…」

不意にフロアがざわつく。
店に入ってきたのはセリーナとダン。
「セリーナよ」「呼ばれてもいないのに、パーティーに?」
などと、みんなが口々にささやき合う。
セリーナたちは誰かを探すように、あたりをきょろきょろと見回す。

「セリーナ!ダン!」

私は2人のところに駆け寄る。

セリーナ「ジェニーを見なかった?」

ダン「あいつからSOSのメールが来たんだ」

「SOSって、やっぱりチャックが?」

セリーナ「見たの?」

「アイザックが…」

セリーナ「急いで探さなきゃ」

ダン「ああ」

「私も一緒に探すわ」

セリーナ「ありがとう」

フロアを探し回ったけれど、ジェニーの姿はない。
セリーナとダンも姿が見えなくなってしまった。

(どうしよう…)

フロアに立ちすくんでいると、アレックスとマーク、アイザックが近寄ってくる。

アレックス「どこにもいないな」

どうやら3人もジェニーを探してくれていたようだ。

「お店を出たのかな」

マーク「もしかしたら、上かも」

「上?」

マーク「奥の階段を上がると、屋上に出られる」
   「この店で女の子と2人きりになれる場所って言ったら、そこぐらいかな」

アレックス「さすが、詳しいな」

マーク「どうも」

私たちは階段へと向かう。


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屋上のドアを開けると、ダンがジェニーの肩を抱くようにして歩いてきた。

ダン「ジェニー、大丈夫か?」

ジェニー「平気」

ジェニーは笑顔を作ってみせる。
何か言い争う声が聞こえてくる。

セリーナ「チャック、二度とジェニーに触んないで!」

チャック「おまえはもう終わりだ、クソ女!俺は全部知ってるんだからな!」

セリーナはチャックに背を向けて、歩いてくる。

「セリーナ」

セリーナははっとしたように顔を上げる。

セリーナ「ジェニーを送ってくる。また連絡するね」

「うん」

私はセリーナを見送る。

チャック「なんだ、おまえは」

チャックが私をにらみつけた。
どうやら殴られたらしく、頰が腫れ、口の端には血がにじんでいる。

チャック「もしかして、おまえがセリーナにチクったのか?」

「え?」

チャックが私を詰め寄ろうとする。

アレックス「やめろ。彼女は俺の連れだ」

チャック「王子の?」

アイザック「しばらく見ない間に、ずいぶんイケメンになったな、チャック」

チャック「くっ」

チャックは殴られた頬を手で隠す。

マーク「早く冷やしたほうがいいんじゃない?その顔じゃ、この店のドレスコードに引っかかるよ」

チャック「黙れ!」

チャックは私たちを押しのけるようにして去っていく。

マーク「さ、飲み直しますか」

マークに促されて、私たちは席に戻った。


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私は席を離れて、ひとりぼんやりと賑やかなダンスフロアを眺める。
さっきのジェニーの騒ぎなどなかったかのように、陽気に盛り上がる人たち。
ふと、さっきチャックがセリーナに言った言葉を思い出す。


チャック「おまえはもう終わりだ、クソ女!俺は全部知ってるんだからな!」


セリーナは何か秘密を抱えて、ひとりで苦しんでいるのかもしれない。

(もしかしたら彼女だけじゃなく、ここで楽しそうに踊っている人たちもみんな…)

気づくともう11時を過ぎている。

(そろそろ帰らないと…)

??の声「帰るんだったら、送って行くよ」

その声に私はゆっくりと振り返る。




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